79.育てる。[日々](01/24 02:27)


育てるという行為が苦手なのである。

サボテンを殺したことが数回ある。
サボテンですよ。
普通枯れないよ。
でも枯れたんですよ。
もとい、枯らしてしまった。

ペットは、怖くて飼えない。

部下というポジションの人間が、過去いたことは何回かある。
今もまたしかり。
何かの「長」になることは、これまでの人生たくさんあった。
学級委員長、広報委員長、部長、などなど。
自分の目線で人をはかるから、己に満たないものを切り捨てがち。

世界各国から精鋭だけを集めて最強チームを作る、巨人みたいなことをするのは容易い。
でも、集める行為が全く容易くない。

みんなのアイドルになることは容易い。
というか
慣れている。
かわいがられるこつはいくらでも知っている。
だがしかし
かわいがるということから遠く離れてしまってはいないか。

だからサボテンが死んだ。

そんな解釈をした。

一人っ子で、親戚にも私より下はいなかったので
下の子をどうかわいがっていいのか解らない。
かわいがるというか、扱いが。

そんなときは、シチュエーションを作って役に入ってみればいいのかもしれない。
それならば、役に入ることならば、慣れていることである。

下の子から見た今の私は
たぶん、若干いやな人に映っているのではないか。

そんなことを考えた。

しかしながら、こちらにもこちらの事情というのがあり
言っていいことと悪いことはあるから
全部をさらけ出して理解を求めるのは、何か違うのだろう。

昔はね
何もかもを知りたいと思った。それが、解り合うことだと思っていたのだけど
ウソなんかいらないからホントのことだけを、って

ホントのことを知ったら、後悔した。

──あれは、助けを求めていたのではなかったのですか。

昔のことを思い出して、ひとり、そんな呼びかけをしてみるけれど。

事実なんてどうでもいいや、嬉しかった思い出だけを、と
今はそんな風に思うのです。

自分の今までの人生じゃ計り知れない、計算できない考え方をする他人に対して
どう理解を、協力を、求めていったらいいのだろうか。
せっかちな私は、成長を待てずに投げ出して、何かを枯らしてしまうのではないだろうか。
私をも枯らしてしまうのではないだろうか。

烙印を押すことは容易いのだけど。

そんなことを悶々と考えても仕方がないから
「はいはい、とりあえず今から私が悪者の役ね」って
そうしてしまった方が楽なのだろうか。

わからないなあ。
解らないことは考えても解らないのだろうなあ。
じゃあ、考えない。

ぼーっと全体を、輪郭をぼんやり眺めるうちに
はっ!と
何かに気づいたりするかなあ。


私の友人に
忠告を理解するのに10年かかるやつがいるんだが
そういえば私は、その子のことも待てなかったんだった。
でもそいつは10年経って、やっと理解することが出来た。
「あんとき言ってたこと、今解った!」と。

遅えよ!って思ったけども。笑

素直に褒めてあげるべきだったかもしれないなあ。

褒める。褒めて育てる。

出来て当たり前、という空気の中、空気を精一杯読みながら生きてきた人間には
先回りして褒められるようなことをして
「別に?」と、ナントカ様みたいな態度で
内心ニヤニヤしながら小さくガッツポーズを取って大人になった人間には

ハードルが高いのである。

たぶん今年の試練は、それだ。
 
 
 
tumblrはじめました。
http://kikka303.tumblr.com/
使い方模索中。
はてブのスピンオフにしたらいいのかなあ。

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